ダナンの川沿いに広がる田園地域では、朝の陽射しを浴びながら、緑や赤、黄色、紫に染められたイグサの束が家々の軒先に並んでいます。畑から吹き抜ける風に乗って漂う、干したばかりのイグサの青々しい香り。家の中から聞こえてくるゆっくりと、それでいて力強い「カタカタ、トントン」という、織り機の音。こういった場所では、街なかとは違ったダナンの表情に出会えます。
変わりゆく時代の中で、ゴザを織るその音は今なお、何世代にもわたって人々に受け継がれてきた手仕事の物語を紡いでいます。川沿いの肥沃な土地に育つイグサは、人々の手によって細く裂かれ、染められ、編み上げられることで、素朴なゴザへと姿を変えていきます。そこには、田園の彩り、家族の記憶、そしてクアン地方で暮らす人々の日々の営みが息づいています。
ゴザは単なる身近な生活用品ではなく、それぞれの家にとって最も身近な暮らしの空間でもあります。一日の仕事を終えた人々がくつろぎ、家族が集い、日々の何気ない営みが積み重なる場所。そこには、地域の文化を育んできた人々の暮らしの記憶が刻まれています。

Photo: Huỳnh Văn Truyền
川沿いのイグサ畑から始まる物語
今日のダナンに受け継がれるゴザ織りの技術は、広い文化圏の中で育まれ、開墾や集落の形成、そしてトゥボン川流域に沿った人々の移動と深く結びつきながら、各地へと広がっていきました。
ホイアンのゴザ織りに関する資料によると、17世紀初頭には、ゴザはすでにダンチョンの地(かつてのベトナム中部・南部一帯)の人々の暮らしに広く使われていた生活用品でした。バンタック(Bàn Thạch)、アンフオック(An Phước)、チエムタイ(Triêm Tây)などの歴史あるゴザ織りの村々は、ホイアン周辺に職人集落が形成される過程にも大きな影響を与えたとされています。
嫁ぎ先の土地へ移り住んだ女性たちや、新たな土地を求めて移住してきた人々によって、ゴザ織りの技術はさらに根付き、川沿いの沖積地にはゴザ作りを生業とする集落が生まれていきました。
それぞれのゴザ織りの村には固有の物語があります。しかし、その始まりには共通して、自然の中から得られる身近な素材の存在がありました。



Lát(ラット、別名cói=イグサ)は、ゴザの表面を形作る素材です。đay(ダイー)と呼ばれる植物を細く裂いてつなぎ合わせ、「dây sân(ダイーサン)」と呼ばれる長い糸にします。これは、一本一本のイグサを美しく並べるためのゴザの骨組みとなるものです。ゴザ織りに使われる道具にも、「khổ(コー)」「lụi(ルイ)」「ngựa(グア)」「đòn ngáng(ドン・ガン)」「kẹo chắp sân(ケオ・チャップ・サン)」など、素朴な名前が付けられています。その多くは、古い竹や木、ビンロウヤシの幹など、農村の暮らしの中で身近に手に入る素材から作られたものです。
完成したゴザを手にしただけでは、その1枚の裏側にある、何日にもわたって晴天の下で素材を干す工程や、二人の職人による息の合った作業、そして観察と実践、記憶を通して受け継がれてきた数え切れないほどの細かな手仕事があることを想像するのは難しいでしょう。
幾度もの夏を日差しを経て生まれる一枚のゴザ
収穫したイグサは家へ持ち帰り、若すぎるものや、育ちすぎたものを選り分けたうえで、縦に細く裂いていきます。 この工程には、力加減を一定に保つ確かな手仕事が求められます。織り上げたときにしなやかになるよう十分に細くしながらも、切れたり折れたりしないために強度も残さなければなりません。
裂いたばかりのイグサは、まだ青々として水分をたっぷり含んでいるため、天日で干します。色や耐久性といったイグサの仕上がりは天候にも左右されるため、職人たちは空模様に気を配りながら作業を進めます。 イグサはまんべんなく乾くよう何度も返し、湿気やカビを防ぎながら、まっすぐな状態を保ちます。
白いゴザを織る場合は、天日干ししたイグサをそのまま織り機にかけます。 一方、花模様のゴザの場合は、束ねたイグサを一本一本染色し、さらにもう一度天日で乾かします。家の庭先には、赤、緑、黄色、紫に染められたイグサが、茶色い土や緑の草木を背景に、鮮やかな筆の線を描くように広がります。

タックタン(Thạch Tân)では、今も伝統的な製法が受け継がれており、イグサの収穫から、イグサを裂く、乾燥させる、染色する、そして織り機にかけるという工程を、一つひとつ丁寧に行います。1台の織り機を2人の職人が息を合わせて操るのも特徴です。一人がイグサを「dây sân」と呼ばれる縦糸の間に通し、もう一人が「khổ」と呼ばれる道具を動かして、織り込んだイグサをしっかりと打ち込んでいきます。
「lụi」と呼ばれる道具でイグサを左右に通し、「khổ」を引き上げては打ち下ろす。その工程を繰り返すことで、一本、二本、そして何百本ものイグサが少しずつ隙間なく並び、ゴザの表面が形づくられていきます。イグサを通す職人は、色と位置を瞬時に見極める目が求められ、織り手は一定の力加減を保ち、表面が厚くなったり薄くなったりしないよう仕上げていきます。
こうして織り機は、独特のリズムを刻みます。そこに騒がしさや忙しさはなく、竹や木の道具が一定の間隔で触れ合う音は、まるで時間そのものが一枚のゴザへと織り込まれていくようにも感じられるでしょう。
織り機から色彩が生まれるとき
伝統的なゴザは、天日干ししたイグサそのものの素朴な白色だけではありません。色を染めたイグサを使うことで、縞模様や格子、幾何学模様などをあしらった「花ござ」や装飾性の高いゴザなど、さまざまな種類が作られてきました。
バンタックはかつて、滑らかな表面と調和のとれた色合い、丈夫でしっかりとしたつくりのゴザで知られていました。舟や荷車に積まれて村を出たゴザは各地へ運ばれ、多くの家庭で暮らしに欠かせない身近な品として親しまれるようになっていきます。
ゴザの色彩は、華美に目立たせるものではありません。赤、緑、紫、黄色といった色が自然なイグサの色と組み合わされ、家の中や台所の軒先、田園の庭先を明るく彩ります。 一本一本の色の配置は、イグサを織り機にかける前から緻密に考えられています。一度織り進めてしまえば、職人が後から一つひとつの模様を修正することは難しいからです。
現在では、伝統的な敷物としてのゴザだけでなく、イグサはランチョンマットや座布団、バッグ、帽子、インテリア照明、土産物など、よりコンパクトで現代的なアイテムにも活用されています。 村に戻ってきた若い世代の中には、色の組み合わせを研究してイグサの色彩の幅を広げたり、旅行者向けの手仕事体験を企画したりする人もいます。こうした新たな工夫は、昔ながらの魅力を失わせるのではなく、イグサが現代の暮らしの中でも活躍し続けるための新しい可能性を切り開いています。

二尺の土地、織り機とともに生きる一生
多くのゴザ職人の家庭では、この技術は書物にまとめられた「教科書」のような形で受け継がれてきたわけではありません。子どもたちは織り機のそばで育ち、祖母がイグサを扱う姿や母親が縦糸をつなぐ姿を見ながら、自然とイグサの通し方や織るリズムを身につけていきます。
ゴザ作りの中心を担ってきたのは、主に女性たちです。家事や農作業、川や海での仕事をこなしながら、農作業の合間や農閑期になると織り機に向かい、ゴザを織ってきました。かつてホイアン周辺の一部地域では、雨季や年末になると農作業や漁などの仕事を一時的に離れる人が増え、それに伴って稼働する織り機の数も増えていました。 ゴザ織りは主に各家庭で行われ、時には二人の職人が互いに作業を助け合う、日本の「結(ゆい)」のような形で仕事をすることもありました。
ゴザ織りは、単に一つの商品を生み出す仕事ではありません。家族が互いに仕事を分担し、農繁期を終えた後の副収入を得る手段であり、世代と世代をつなぐ営みでもあります。
しかし、本来ゆっくりと時間をかけて行う手仕事の営みとは反対に、市場の動きはますます速くなっています。
現在は原材料の確保が難しくなり、重労働であるにもかかわらず収入は決して高くありません。さらに、工業製品との競争もあり、次第にその音を止める織り機が増えています。 バンタックでは現在、昔ながらの手織りの織り機の多くが、農閑期や注文が入ったときにのみ稼働している状況です。そうした中、地域の人々は、サイズやデザインの多様化を図るとともに、職人の仕事を見学したり、実際に体験したりできる機会を設けたりすることで、新たな活路を模索しています。
一人の職人が織り機を離れるとき、村が失うのは一人分の労働力だけではありません。空模様を読み、イグサを選び、色を組み合わせ、熟練の技で調整しながら模様を織り出す。そうした身につけるまでに何年もの歳月を要する知恵や技術そのものが失われる危険があるのです。
だからこそ、今、ゴザ織りの伝統を守ることは、単に昔ながらの生計の手段を残すことが目的ではありません。それは、村に刻まれた記憶を守り、土地から生まれた素材を通して、故郷の物語を未来へ伝えていくことでもあります。
故郷の色を今に伝えるゴザの里
ダナンの田園風景を巡る旅では、トゥボン川沿いの沖積地から市南部に広がるイグサ畑まで、さまざまな地域で受け継がれてきたゴザ織りの営みに出会うことができます

ホイアン西地区、カムキム・ゴザ織り村
カムキム(Cẩm Kim)はトゥボン川沿いに位置し、伝統的な家々が残る水辺の穏やかな田園地域です。かつてゴザ織りは、農家や漁師たちが農閑期、特に雨の多い時期に取り組む仕事として、この地の人々の暮らしに根付いていました。
ここを訪れると、古い町並みの瓦屋根の向こう側にある、もう一つのホイアンに出会うことができます。そこには、よりゆったりとした時間が流れ、緑豊かな風景の中で、人々の日々の営みを身近に感じることができます。織り機のそばで語られるイグサの物語は、川の流れや季節ごとの農作業、そして川沿いの沖積地で何世代にもわたって暮らしてきた家族の物語とも深く結びついています。
ナムフオック地区・チャーニエウとバンタックのゴザ織り村
バンタック(Bàn Thạch)のゴザの産地は、トゥボン川、リリ川、チュオンザン川の流れによって形成された地域で、かつては広大なイグサ畑が広がっていた場所です。そこからゴザ作りに必要な原料を得ることで、地域の伝統産業は支えられてきました。バンタックは、白ゴザや花ござ、模様入りのゴザ、浮き模様のゴザなど、さまざまな種類のゴザで知られています。
バンタックやチャーニエウ(Trà Nhiêu)の一部の工房では、イグサを裂く、乾燥させる、染色する、そして製品を織るといった工程を見学したり、実際に体験したりできます。茶器の敷物や座り用のマット、手のひらサイズのゴザなどは、陽射しのぬくもりと村に受け継がれてきた物語が込められた、素朴で心温まるお土産となっています。
バンタック地区・タックタンのゴザ織り村
タックタン(Thạch Tân)は、原料となるイグサ畑と、それを加工する職人の仕事場とのつながりが今もはっきりと残る地域の一つです。地元で栽培されたイグサは、収穫後に裂き、乾燥させ、染色してから織り機へと運ばれます。
家の庭先に色鮮やかなイグサの束が並び、女性たちが織り機を挟んで向かい合いながら作業する姿、そして織り上がったばかりの花ござ。こうした風景は、今も息づく手仕事の暮らしを生き生きと伝えています。また、ゴザ織りを体験できる場では、タックタン―キーアイン―ダム川地域の歴史や豊かな自然環境といった魅力と組み合わせた観光体験づくりも進められています。
ホアティエン地区・カムネーのゴザ織り村
カムネー(Cẩm Nê)は市中心部の南西に位置し、何世代にもわたって手織りのゴザ作りが受け継がれてきた地域です。ここのゴザは、鮮やかな色合いと丈夫でしっかりとした仕上がり、そして丁寧な原材料の加工によって知られています。
地域の資料によると、カムネーのゴザは今も伝統的な織り機を使って一枚一枚手作業で作られています。 かつてに比べるとゴザ作りを続ける家庭は少なくなりましたが、イグサが陽射しを浴びて並ぶ庭先や、村に響いていた織り機の音の記憶は、今もホアティエンの文化的景観を形づくる大切な一部となっています。
手で触れる、受け継がれる伝統
ゴザ織りの村を訪れるなら、ただ見て回るだけではなく、実際に手を動かしてみることで、その魅力をより深く感じることができます。
織り機の前に座り、染めたイグサを一本手に取って、縦糸の間に通してみましょう。一見すると簡単そうな動きですが、そこには集中力と手の動きを合わせるリズム、そして根気が求められます。自分の手で実際に織ってみて初めて、一枚の手織りゴザを仕上げるのに多くの時間がかかる理由や、ほんのわずかなずれも完成したゴザの表面に表れてしまうことを実感できるでしょう。

旅行者は、職人にイグサの選び方について話を聞いたり、素朴な音を奏でる道具の名前を尋ねたり、長年の手仕事の歴史が刻まれた職人の手を眺めたり、手仕事で作られた小さな品をお土産に選んだりすることができます。商品を持ち帰ることは、職人たちの生計を支えるだけでなく、こうした手仕事の価値が現代の暮らしの中で生き続けることにもつながります。
村でのゴザ織りは、季節や天候、注文状況によって行われる時期や内容が変わることがあります。そのため、職人と話したり、できるだけ多くの工程を体験したい場合には、事前に体験施設や地域の観光事業者に問い合わせておくとよいでしょう。
ゴザの里の旅であなたが手に入れるのは、小さなイグサのアイテム一つかもしれません。けれど、陽射しの下に並ぶ色とりどりのイグサの束、家の軒先に漂う乾いたイグサの香り、そして静かな田園に響く織り機の心地よい音は、あなたの心のなかに残り続けるでしょう。
文化遺産は必ずしもガラスケースの中に展示されているわけではありません。
イグサは今も村を大切に思う人々の手によって、暮らしの中に息づきながら、今日も一枚一枚と織り続けられているのです。
ダナン観光促進センター



